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目 次 ]      月刊・お好み書き 1998年12月1日号


噺の世界熟知した語り口/「くしゃみ講釈」を好演
遊びまひょの米之助師匠 古希益々盛ん
新著『上方落語よもやま草紙』も出版 独演会&大盛況


桂米之助師匠(中央)の古希を祝って上方落語の大御所が乾杯。
信子夫人の左が桂文枝、米之助師匠の右へ桂春団治、桂米朝の各師匠連

 以前「お好み書き」で「遊びまひょ」と題し、懐かしい大阪の四季折々の話などを連載(92年2月〜94年4月、全27回)してくださっていた桂米之助さんの古稀をお祝いする独演会が11月8日、大阪・なんばの「ワッハ上方」で開かれました。当時米之助さんの記事を担当し、通天閣、新世界などを案内していただいたりして大変お世話になっていた私は何はさて置いてもと、いえ夫はさて置き去りにしてもと、2歳の子を連れ神奈川県横須賀市から駆けつけました。当日は、師匠の人柄を表すように立ち見も出る盛況ぶり。独演会の後の祝賀パーティーでは、これまた「お好み書き」に縁の深い、桂文福さんや桂小福さんにも久しぶりに再会でき、遠く東の地に住み「お好み書き」からは遠ざかってしまっていた私が、少しスタッフ時代にタイムスリップできた1日でもありました。(田中 敦子)

 「横須賀の田中です」と電話口で言った途端、「なんや、土田(旧姓)はんやないか」という米之助さんの人なつっこい声が聞こえてきた。「やっぱり、私11月8日の日のお祝いに行かせていただきます」と言うと「ほんまかいな。そやけど悪いなあ。恐縮してしまうがな。そんな遠くから来てくれんのあんただけや。嬉しいな」とこちらが恐縮してしまうほどの優しい言葉が返ってくる。

■土田はんやないか■
 実は10月の始めに師匠から直接独演会のお知らせの手紙をいただいていた。同封されたちらしで写真の師匠の顔を久しぶりに見た私はどうしても大阪に行って師匠の顔を直接見たくなり、すぐに「是非当日行かせていただきます」という返事を出した。すると「私も孫を6人持つようになり、妻や嫁の苦労が少しは分かるようになってきました。ですから、くれぐれも無理をなされませんように。会やパーティーの様子は後ほど手紙で報告させていただきますから、楽しみに待っていてください」という丁寧なお言葉をくださったのだ。
 私の中にももともと、やはり家庭をほったらかしにして行くのは悪いかな、というちっぽけな罪悪感も無くはなかったので今回は諦めようとその時は決めたのだった。それが、独演会の3日前ぐらいになって、夫がやっぱり行ってきたらと言い出してくれた。私があきらめ切れなさそうにしていたのを察してくれたのだろうか。その一言ですぐ文頭の電話となったのだ。


祝賀パーティーで米之助師匠、信子夫人と筆者(左)

■ワッハ上方長蛇の列■
 独演会当日、ワッハ上方の入口の当日券売り場にできた長い行列に私は並んでいた。列に並びながら、入口に入っていくお客さんたち、又同じように並んでいる人達の顔を見た。落語が本当に好きそうな若い人。又隣の人との会話からいつも師匠が行っている本屋のご主人もいらっしゃるようだ。着物を着た飲み屋の女将さんらしき人もいる。学者風の人もやけに多い。師匠は落語家であると同時にNHKのラジオ「大阪ぶらり散歩」という番組で大阪の文化、歴史について話されている程その蘊蓄は深い。だからだろう。色々なタイプの人が師匠の独演会を待っていた。

■こだわりの大阪学ぶ■
 また私は5年程前の師匠とのことも思い出す。大阪生まれで大阪に住んでいた私だが豊中という北部にいた私は殆ど大阪らしい大阪を知らなかった。そんな私を通天閣、新世界、ジャンジャン横町、住吉大社、野崎天神、歌舞伎はたまた大衆劇場にと連れていってくださったのが米之助さんだった。
 ただ連れて行っていただいただけではなく、NHKラジオで話されているような解説を生で聞きながら、一緒に回ったのだ。ジャンジャン横町では一緒に弓矢に興じた。大衆劇場では香水の匂いも色っぽい座長さんと握手をしたり、一緒に写真を撮ったりした。又どこかに行った帰りは必ず私の母にまで塩昆布などのおみやげを買ってくださるという粋なところが師匠にはある。その塩昆布もここの百貨店にしかないこのお店のがおいしい、というこだわりがある。
 自宅に招待してくださった時はお母さん(師匠の奥さんだが私はいつもそう呼んでいた)の手料理が並んだ。それだけでは無い。師匠も自ら魚をさばく程の料理の腕前なので、ばら寿司など作ってごちそうしていただいた。本当に優しい師匠なのだ。優しいと言えば私が体調を壊していると言えば朝鮮人参茶や長野県からの蜜のいっぱい入った林檎を送ってくださるような方である。
 と回想している内に開演の10分前になっていた。まだチケットを売り出してくれそうにない。痺れを切らした行列の中から「早く売ってよ。こんなん米之助さんが喜ばはれへんで」という声が飛ぶ。立ち見も有るかどうかという噂に列から離れていく人もいた。私は受付の人に聞いてみた。「はるばる神奈川から来たんですけど見れないんでしょうか」と。受付の人は私の名前を聞き、ちょっとお待ちくださいと中に消えた。
 その後、手招きされ米之助さんの楽屋に通された。「悪いなあ。遠い所ありがとうなあ。凄いぎょうさんお客さん来てくれてはんねんてなあ。悪いけど待っててな」と懐かしい懐かしい師匠は言ってくださった。もう一度列の最後尾に並んだ私はますますうきうき気分で入れるまで待った。

ラジオで「大阪ぶらり散歩」
 ラジオのNHK第1放送で月1回「大阪ぶらり散歩」という番組をやってらっしゃいます。今年の4月から始まったこのプログラム、通常は第1金曜日の午前11時からですが、12月は変則で4日と25日に放送されます。テーマはそれぞれ、4日「大阪の師走」、25日「浪速の正月」で、アナウンサーと師匠との掛け合いで行われる生番組です。

■いよ、待ってました■
 笑福亭三喬さん、桂雀々さんが前座で、米之助さんからその昔けいこをつけてもらったという噺をそれぞれ披露した後、いよいよ師匠の出番となった。
 客席から「いよっ、待ってました」という声が立ち見席からかかる。演目は「くしゃみ講釈」。この噺は「岩田寄席」(米之助さんが20年間開催していた地域寄席)でも私は聴いたことがあるが、米之助さんのくしゃみするしぐさが大変かわいらしく大好きだ。又この落語の内容のように仕返しをしようとして悪戯を色々工夫する、その感じが米之助さんにぴったりだと思う。
 米之助さんの落語はテレビに良く出る落語家さん達のような派手さはないが、噺の中の世界を熟知した話っぷりが聴く人を心地よくさせる。

■豪華3人で211歳■
 独演会では落語の他に桂米朝さん、桂文枝さんといっしょに3人で上方落語の歴史や米之助さんについて話すトークタイムも用意されていた。司会は「岩田寄席」のメンバーだった桂南光さんが務めた。この豪華なメンバーの昔話に観客はしばし、うっとりと酔っていた。
 人間国宝の米朝さんは米之助さんとは桂米団治門下の兄弟弟子。上方落語協会相談役の文枝さんは米之助さんが大阪市交通局にいた頃の同僚で、米之助さんが文枝さんを落語家に誘ったという関係だ。この合わせて211歳という3人方のお話は時折6代目の松鶴さんの話を含め、戦後間もなく風前の灯だった上方落語界の若手風雲子たちの痛快な話が飛び出す。
 ああ、落語には全く興味の無かった私だが、「お好み書き」スタッフの伯鶴さんを通し米之助師匠と出会い、落語を少しは聴くようになり、今、目の前にいる偉大な落語家の方たちの若き日の話を聞くのがこんなにも感慨深いのが不思議だった。
 その後のパーティーでは私はカメラ片手に飛び回ることになる。最初は知り合いもいず一人で心細かった。落語家さんたちや、その筋の人達ばかりの中で場違いで浮いていたし、話す相手もいなかった。桂小福さんや桂文福さんをみつけた時はどんなにほっとしたことか。
 「覚えていらっしゃらないでしょうが、お好み書きでお世話になった者です」と言うと心温かい文福さんは「覚えてます。覚えてます。今度横浜で講演会をやるんです」と言ってクロークにまで戻りチラシを捜してくださった。「お好み書き」に関係している人はどうしてこんなにみんな優しいんだろう。心の底までジンと来た。
 テレビでよく見る桂三枝さん、鶴瓶さん、それから勿論米之助さんとお母さんと一緒の写真をホテルのコンパニオンの女性にシャッターを押してもらって撮れた私はもう大満足。夫が唯一好きな土曜日のお昼にやっているNHKのテレビ番組に出ている南光さんとの写真も撮った。これを横須賀で見せたら夫はさぞかしびっくりしてくれるだろう。楽しみだなあ。そう思いながら帰りの飛行機に乗った。

◇追伸:後日、米之助さんからパーティーの時の写真が同封された手紙が届きました。いつものように便箋のすみっこには気のきいた手描きの絵が入っています。今回は空に舞う紅葉の図柄。手紙の追伸欄には「残務の整理に追われています。フウフウ…」と書かれていました。師匠の細やかな心遣いに絶えず触れることができ、本当に今ぽかぽかした気持ちでいます。ありがとうございました。

上方落語よもやま草紙
桂米之助著


「(落語を)聞くのが楽しみ」で5代目松鶴の元へ通っていた米之助青年が、「噺というもンは、自分が喋れるようになると聞き方も又、変わってくるもン」と奥さんに言われてその気になって、「ヒデさん(後の6代目松鶴)」と一緒に落語の稽古を始めたことなど、興味深い話がいっぱい。上方落語史研究に必携の1冊。今は亡き和多田勝の装画がまたいい。2000円(税別)、たる出版。(この項、門田 耕作)


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