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目 次 ]      月刊・お好み書き 1998年7月1日号


歩道に突っ込み人を死なせ
なぜ「不起訴」なのか?
「交通死」を考える

 車を運転していて人を死なす事故を起こせば交通刑務所に入るものである―。僕もつい最近まで、そう思っていましたが、現実は想像とはかけ離れていました。歩道に突っ込み、3人の歩行者をはね、一人を死亡させた運転手は、交通刑務所に入らないどころか起訴もされませんでした。「人の命ってそんなに軽いのか?」。被害者遺族は問いかけます。(大西 純)



理不尽きわまりない形で命を奪われた
北澤美穂さん(93年1月撮影)
●通勤時、暴走軽自動車が●

 96年8月9日朝、北澤美穂さんは会社へ向かって歩いていた。北浜から堺筋を通り、観光名所のひとつでもあるナニワ橋を、北側へ渡ると会社だった。暴走軽ライトバン(以下軽自動車)が美穂さんめがけて突っ込んできたのは、その時だった。僕と同じ学年の昭和41年2月生まれ、当時30歳だった美穂さん。数日後にお見合いを控え、父・守康さん(現在65歳)は結婚式を夢に描いていたが、現実は葬式を行うことになってしまった。
 何の落度もない歩行者3人をはねたこの事故は、当時、新聞やテレビでも大きく報道された。うち一人は重傷、そして美穂さんは、脳挫傷でほとんど即死だったという。守康さんと母の伸子さん(現在60)は知らせを聞いて枚方市の自宅から駆けつけたが「病院にも間に合いませんでした。すでに警察の遺体安置所に行ってました…」(守康さん)ということだった。
 北澤守康さんの説明によると、事故のあらましは次のような感じだ。
 ナニワ橋は北行の一歩通行で6車線もある広い道(この事故で車線が減らされた)。右から2車線目を推定80キロほどの猛スピードで走ってきた加害軽自動車はハンドルを切りそこね、段性があり鉄柱もある安全地帯とされている道路右側歩道にいきなり突っ込み、美穂さんらを直撃した。現場には体裁本位の簡易な柵はあったが、コンクリートで固定された、いわゆるガードレールは、美観保護のため設置されてなかった(事故後緊急で設けられた)。事故後の加害者の供述などから軽自動車は右から2番目の車線から左に車線を変更し、橋を渡り切った交差点で左折(南森町方面)するつもりだったようだ。ところが、加害軽自動車が左へ車線を変えようとした時「赤のワゴン車」が急に右へ割り込んできた。加害軽自動車は「やむなく」ハンドルを右へ切った。その結果、惨事が起こったのだという。
 業務上過失致死容疑で逮捕された加害者(当時25歳、現在28=会社員)は、結論から言って不起訴となった。僕はエッ?と思ったが、歩道へ突っ込み、人を一人死なせて、裁判にかけられることもなく無罪放免なのである。

●加害者は「正当防衛」?●

 北澤さんが大阪地検で聞いたところによると、事故が起きたのは「赤のワゴン車」の割り込みのせいで、加害者が右に急ハンドルを切ったのは危険回避のための「緊急避難」、「正当防衛」と認定されたようである。
 98年5月…。すでに事故から1年8ヵ月が経過していた。北澤守康さんは大阪地検の担当副検事(交通事故専門の検事)から、直接「不起訴」となった事実を知らされた。ボロボロ涙が溢れ出た。
 「裁判の経過は逐一報告する。加害者、それから加害企業(加害者の勤め先のこと。加害者は仕事中に事故を起こした)と、そう約束していたんです。示談の条件にもなっている。ところが、一向に裁判の報告がない。それで昨年(97年)6月に大阪地検に問い合わせたんです。事件番号がわからないと調べられないとか、さんざんタライ回しされた挙句、あと半年ほど経たないと、起訴か不起訴か、わからないというんですよ。それから1年経った今年の5月に、加害者と企業に聞いたんですが、聞いていない、弁護士に尋ねても連絡がないと、ふざけたことを言うんです。それで直接地検に結果を聞きに来たんですが…」と北澤さん。

●事実を知らされない遺族●

 実は昨年末、不起訴は決定されていた。交通事故だけでなくほかの事件の場合でも、検察には裁判の一切について被害者遺族に知らせる義務はない。法律上の視点からいえば、これは当然のことで、裁判というのは裁く側=国と裁かれる加害者が当事者なのであって、被害者遺族は「部外者」である。これは起訴されて公判の段階になっても同じで、黙っていては裁判日程すら教えてくれない。被害者遺族からアクションを起こすしか知る方法がないのが、日本の刑事裁判の現状なのだ。
 「不起訴ということは加害者はシロなのか、と副検事に聞くと灰色ですと言われました。嫌疑不十分ということです」と北澤さん。さらに副検事との話を報告してくれた。
 「自分にも同じ歳ごろの娘がいるから気持ちは痛いほどわかる。起訴できるものなら起訴したい。でも『赤のワゴン車』が見つからないことにはどうしようもないって言うんです」
 「赤のワゴン車」の運転手が現われて、例えば「自分は割り込んでいない」などという新証言をすれば事態は変わるのだという。現状は、「赤のワゴン車」が割り込もうとしたために事故になったという加害者の供述が、そのまま通っているようだ。また、警察、検察が事故の目撃証言を募ったところ、やはり「赤のワゴン車」を見たという証言があったらしい。
 「赤のワゴン車」の運転手は、事故直後、車をおりて事故現場に近寄っていった、という目撃証言もあるようだ。副検事は、その行動に対して「自分にやましいことがある表れの行動だ。悪いけど起訴するには不利になる証言ですね」と、暗に加害軽トラックの「正当防衛」を理屈づけるように言ったという。

●加害者の供述で作る調書●

 事故の痕跡がたくさん残っている早い段階で、ぶつかった跡、タイヤ痕、付着物質の化学鑑定などをすれば、その事故がどんな事故だったか、ほぼ正確につかむことができるという。加害者が「相手がセンターラインをオーバーしてきた、正面衝突だった」と供述していたのに、鑑定をしてみれば「追突」だったという例も珍しくないようだ。加害者が保身のためにウソをつくことはあっても、事故という物理現象はウソをつかないのである。北澤さんのケースで、どのような現場検証が行われたのかは、今となってはわからない。しかし、被害者の立場に立った時、一般的に「まともな捜査」が行われているとは言い難い。「全国交通事故遺族の会」のホームページにある「交通事故被害者のおかれている現状」と題された文の中から引用したい。

《事故原因を特定する唯一の証拠である警察が作成する実況見分調書(現場検証)は、加害者の一方的な言い分により十分な捜査もされずに作成される。被害者死亡の場合「死人に口なし」となり、加害者は自己保身をするのは当然で、多くの場合被害者に不利な調書が作成される。この典型的なものが「飛び出し」である。 加害者に都合の悪いものは、「飛び出し」の一言で、避けられなかった事故として扱われる。また、警察の捜査は死亡事故といえども、「事故処理」でしかない。決して事故の真相を明らかにする為の捜査は行われないのである。膨大な事故を扱う警察官には同情する気持ちもあるが、この調書により加害者の処分が決まるのであるから十分な捜査をしてもらいたい。また、捜査の経過は遺族・被害者には知らされることはないので、たとえ、事実と反する事が調書に記載されていたとしても指摘することすらできないのである。この事が、刑事裁判や民事での示談に於いて大きな影響を与えることになり、警察への不信感をさらに増加させることになる》
 文中の「飛び出し」にあたるのが、北澤さんのケースでは「赤いワゴン車の割り込み」である。北澤さんは「警察も看板を出して目撃者をさがしてくれたり、がんばってくれたようですが…」と言うが、基本が加害者の供述であることに変わりはない。加害者軽自動車は本当に「やむなく」右に急ハンドルを切ったのか、ほかに過失があって事故を起こしたのか、今となっては薮の中と言わざるをえない。

●道もウカウカ歩けない●

 しかし…である。仮に加害者は「やむなく」急ハンドルを切ったのだとしよう。急ハンドルは「緊急避難」で、それ自体は「正当防衛」だったとしよう。しかし、例えそうであってもその結果、歩道に突っ込み、関係ない美穂さんを“殺した”ことは“仕方がない”ことなのだろうか。きれいごとでなく、身を犠牲にしてでも歩行者をひく事態だけは避けるべく務めるべきでなかったのか。その結果、避けることができず人の命を奪ってしまったのであれば、その分の罰は受けるべきではないだろうか。警察、検察の捜査への疑問もさることながら、「緊急避難」だったら、人をひき殺しても罪に問われない、それどころか裁判にもならないということが、僕には驚きだったし、許せない。北澤さんにしても「予想だにしていなかったこと」だった。こんなことでは道もウカウカ歩いてられない。今さら言うまでもないが、歩行者の安全を脅かさないことが運転の最低の基本だと教習所で教えられたし、僕も肝に銘じているが、そんなことは建て前に過ぎなかったのだろうか…。

●「起訴」の条件とは?●

 一体、加害者が起訴される条件とは何なのだろう。「全国交通事故遺族の会」の松岡隆浩さんに電子メールで伺った。松岡さんは自らも当時4歳の娘さんを事故で亡くされ現在も民事係争中である。

 「自動車等の運転者が運転に必要な注意を怠って事故を起こし、人を死なせたり負傷させたりすると業務上過失致死罪及び業務上過失障害罪にて起訴されることになります。注意義務違反すなわち不注意の内容は結果(事故の発生)に対する予見義務と、結果に対する回避義務に区別され、業務上過失致死罪(及び傷害罪)は事故を起こす危険を予見し、そのような結果を回避すべき業務上の注意義務があるにも拘わらず、それに違反して、事故を起こすことによって成立するのです。しかし、結果の予見や結果の回避が不可能な場合は、予見不可能または結果回避不可能として無過失(不起訴)となります。例えば、結果予見義務については、進路上に多数の幼児等がいて、歩行、駆け足等の行為をしているとき、幼児等が接近する自動車に驚き狼狽して挙措適正を欠き、進路上に飛び出すことは予見不可能であり、降雨の為路面が濡れている場合等は予見可能とみなされています。 結果回避義務についてはは酒酔い、居眠り、過労運転、法定速度超過等の予見以前と、路地からボールと共に子供が道路に飛び出してくる可能性等の予見以後に分類されています。」
●モノ申せるのは肉親だけ●

 「建て前はここまでで、副検事を含む検察官のさじ加減次第というのが悲しくも現状です。事故当初から全国交通事故遺族の会に入会されている方は、警察署に告訴状(罪を求める書状。出していると、起訴・不起訴を通知するハガキが届く)を提出し、その後検察庁に書類送検された後、検察官に面会を求め、上申書(検察官に被害者の気持ちを伝える書状。証拠にはならないし、検察官も読む義務はない)等の提出をしていますが、多くの方は起訴されています。正確に申し上げれば、検察官は理論に基づく捜査からの問題の所存に立ち向かっていない、つまり、いいかげんに事件処理をしている方が多いということです。被害者、遺族としては、税金をはらっているのだから、国がやってくれて当たり前、との感覚で認識されている様ですが、大きな間違いなのです。もの言えない被害者に変わってもの申すことができるのは肉親しかいないのです。悲しくもご自分で調査をしなければ歪められた事実として公文書(実況見聞調書等)に記載されてしまいます。つまり、加害者が起訴される条件は、事実を下に検察官に面会し、遺族としての心情を理解してもらうか、新事実を論理的に説明し、理解してもらうことかと思います」
 北澤さんが告訴状も上申書も知らなかったことと、不起訴になったことも関係あるのだろうか? それにしても、遺族がここまで、しんどい思いをしないと被害者の名誉を守ることはできないのである。
 もうひとつ、示談の進み具合いも起訴・不起訴を決める要因になるという。北澤さんの場合、美穂さんが皮肉にも保険会社で働いていた関係で、示談だけは進んでいった。加害者の気持ちが伝わって来ない中、「こうなったら娘のために百円でも十円でも多く取ってやろうという気持ちになった」と北澤さんは言う。法律では刑事と民事は別のものだし、関東では、示談が済んでいても刑事事件として立件されることも珍しくないようだが、関西、特に大阪地検では、示談が済んでいる場合、起訴されないことがほとんどという。「事故の処理は当事者間では解決済みと解釈されてしまうんです。なぜ大阪と東京で違うのかは、わかりません」(松岡さん)ということだ。

●不起訴の報告にも来ない●

 「娘は、もう帰ってこないのに、加害者は事故を起こす前と同じように、会社に行き普通に生活している…。それが、たまらないです」と北澤さんは言う。さらに続けて言った。「彼にも言ったけど、一生許すことはしません。僕ら遺族が一生苦しんでいくのと同じように、彼にも苦しんでもらわないと、と思います。なのに不起訴になったことも報告しない。弁護士を通じて知ってるはずなんです。こっちは信じて待ってたんです。ちょっと、これでは虫がおさまらんです。月命日に届いていた花も、示談が終わった一周忌で終わりにしようとしました。花を供えることすら、示談解決とともに一年で終わりにしようという気持ちが許せないのです」
 北澤さんは不起訴を「不当」として、検察審査会に申し立てを行うことも検討中だという。検察審査会というのは、起訴・不起訴に関して検察官が適正に行ったかどうか審査する機関で、有権者の中から抽選で選ばれた審査員で構成される、いわば陪審員に似た機関である。しかし、決定に強制力はなく検察は議決に従わなくても良い。時間も一年以上かかる。ましてや検察審査会が受け付けてくれるかどうかもわからない。はっきり言って北澤さんのケースが、「今後起訴される可能性は…針の穴より細い」(松岡さん)。それでも北澤さんは闘うという…。


95年元日、家族そろって初詣の時の一枚


●異口同音に「厳罰を」●

 今回、北澤さん以外にも何人か遺族の方の話を聞いたが、みんな、ほとんど同じことを言う。「一周忌までは花などを届けるのは、保険会社が勧めるマニュアル通り。ある時期が来てピタッと止まった…」「今回の事故で二人目なのに、まだトラックに乗ることが許されている」「裁判にならなくてやれやれという所でしょう」……。
 警察の調書に異議を唱えられない、真相を知ることができない。刑事裁判でもカヤの外。保険会社や弁護士が示談・交渉・訴訟を一手に引き受けるために加害者の「誠意の表わし方」もマニュアル化してしまっている。損害賠償の話となれば、肉親の命を「お金」で表すという最もつらい作業を強いられる。そしてそのお金も保険会社に「値切られる」。周囲からも「いつまでモメてるの」とか「もう一人お子さんがいて良かったですね」などと時に心ない言葉を浴びせられる…。被害者遺族が「厳罰を求めます」と口をそろえるのも、僕は当然だと思った。

●寛刑化…二人殺し不起訴●

 しかし今、交通事故は「寛刑化」の方向に進んでいるという。《交通犯罪での「有罪に占める実刑の割合」は70年には30%以上あったが、ここ十年は約15%にすぎない。「検挙に占める起訴の割合」になると、70%以上を占めた八五年ごろを境に急激に下がり、九四年には約20%でしかない》(4月23日付朝日新聞)。
 以前、遺族の方の集まりで聞いた次の例こそ「寛刑化」の例だ。
 母親と子供を二人が歩道のない道を歩行中、路上駐車している車を避けて車道の方へ出て進んだところ4輪駆動車がが暴走、二人の子供は駐車車両との間に挟まれ圧死してしまった。そして、これが不起訴だという。被害者が車道を歩いていた点、それに保護者の監督の問題。子供は存在自体が“過失”ということなのだろうか。話を聞いていて、なんと反応していいのかわからないくらいショックを受けた。

●重い責任こそやさしさ●

 《「国民皆免許時代」、「くるま社会」の現在、国民の大多数が刑事罰の対象となるような事態は刑罰の在り方として適当でない》と93年の犯罪白書に書いてあるらしい(『交通死』二木雄策著〜岩波新書より抜粋)。僕は逆じゃないかと思う。車社会だからこそ、ドライバーには重い責任を課すのが、本当のやさしい社会ではないだろうか。
 車は、まぎれもなく危険物である。危険物を動かしている以上、事故は突然やってくるものではなく常に起こりうるものなのだということを今一度胆に銘じたい。そして、犯罪者となるリスクを背負いたくない者に、車を運転する資格はないと思うのである。

◆ちょっと、付け足し…「変わりつつある空気」
 交通事故の加害者は務上過失致死・傷害容疑にかけられることになる。業務上過失致死・傷害「業務上」といっても「仕事中」に事故を起こしたという意味ではない。運転することを「業務」と呼ぶのである。「業務上過失」のほとんどは交通事故である。有罪となると5年以下の懲役または禁固が課せられるが、実際は数ヵ月から2年であることが多い。それに本文でも書いたように大部分は執行猶予がつくか、罰金刑(略式起訴)で済まされるし、起訴されることもむしろ少数である。また「ひき逃げ」は道路交通法違反となる。事故の報告義務違反というわけである。こちらも懲役数ヵ月が普通のようだ。また「ひいたのがわからなかった」と供述すれば起訴さえされないこともある。
 とはいえ、少しずつだが状況は変わりつつある。片山隼君事件をご存じの方は多いと思う。東京都内で昨年、横断歩道を青信号で歩行中だった片山隼(しゅん)君(当時小2)は大型ダンプにひかれ死亡した。ところが加害者は20日後という早さで不起訴になった。隼君の両親である片山さん夫妻は、「不起訴は不当である」として検察審査会に申し立てを行った。全国から賛同者の署名が集まり、6月末現在その数は10万人を超えている。テレビや新聞などの取材にも積極的に応え人々の共感を呼んでいる。また、6月29日には、検察審査会では審査に一年以上かかるため、東京高等検察庁にも申し立てを行った。
 大阪の河内長野市でも、6月「不起訴不当」の署名運動が開始されている。96年7月、河内長野市内の道路左端を歩行者中の矢伏(ぶす)洋典君、吉澤宏紀君(ともに当時7歳)が、背後からの高速車両によってはねとばされ死亡した。事故後、加害者の処分は2年10カ月もの間放置されつづけ、遺族らは 昨年5月不起訴の決定を知らされたという。《「検察がどう決定したかも不明なら、遺族に処分の通知もない。この状況をなんとか変えさせたい」と訴え》(毎日新聞6月2日付)、近く検察審査会へ不起訴不当の申し立てを行うという。
 これらの流れを受けて、検察サイドも被害者遺族への情報開示という点では制度を改めようとしつつある。例えば東京地検は片山隼君事件をきっかけに、5月19日《刑事処分について被害者や遺族らの問い合わせに答える「交通事件連絡室」を設けた》
(朝日新聞6月2日付)。被害者は今、声を上げはじめたところである。

◆「全国交通事故遺族の会」へ問い合わせや相談をしたいという方は、ひとまず大西まで。
◆参考図書 『交通死』〜死はあがなえるか 二木雄策著(神戸大学経営学部教授)岩波新書630円+税
 『別冊宝島393 ザ・交通事故〜そこには無数のドラマがある!』宝島社952円プラス税


大西 純
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