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目 次 ]      月刊・お好み書き 1998年6月1日号


100号記念パーティー会場
「鯛よし百番」は絢爛豪華、
格式高い大正の遊郭建築だ

大阪・飛田あたりを歩く―    
 近代都市の表裏・今昔に思い馳せ

通りに面した太格子が格式を物語る。
大仰な唐破風をくぐると、そこはもう別世界

 「お好み書き」百号記念パーティーは「百番」で―。百、百の単なる語呂合わせの思いつきだったが、新世界・通天閣や釜ヶ崎、渡船やチンチン電車など、大阪の文化や生活を取り上げてきた大阪を拠点にするミニコミ紙として、飛田(とびた)に赴くのもこれまた当然。といっても、お好みが飛田・百番に集うのは初めてではない。何年か前の忘年会でも会場にしたことがある。そんな気楽さもあっての選定だが、その前にちょっと、飛田の歴史をかいま見ときましょう。(門田 耕作)



今も残る大門の石柱は、
2階建ての屋根まで届く
 大阪市西成区の歓楽街・飛田新地。赤線華やかなりしころ、1930年(昭和5)の『全国遊郭案内』で飛田遊郭は、「貸座敷は220軒、娼妓は2700人いる」と紹介され、日本一と言われた松島に次ぐ繁盛ぶりを示していた。
 飛田に遊郭が開業したのは1918年(大正7)12月。明治45年のミナミの大火で難波新地が全焼、折からの廃娼運動を背景に、大阪府は同所の免許を廃止したが、その後、代替地として当時は市区外だった天王寺村(東成郡)に2万余坪の免許地(現西成区)が設定された。矯風会大阪支部などが新聞とともに広範な建設反対運動を展開したが、押し切る形で誕生した。
 「遊郭の周囲はコンクリートの高塀で囲われており、通常は一カ所の大門のみが開くという、文字どおりの廓(くるわ)の再現」(『新修大阪市史』)だったという。この高塀は「嘆きの壁」と呼ばれ、性を売る女性たちを世間から隔てていた。壁の高さは4、5メートル。東西南北に門はあったが、前借金を背負った女性たちの逃亡を防ぐために、交番の置かれた西の大門からしか出入りは許されなかったという。

◆「嘆きの壁」の名残、大門に
 壁はつい最近まで、阿倍野地区との境に約200メートルにわたって残っていた。92年、再開発で取り壊されて姿を消したが、大門の堅牢な石柱と交番、境界だった石組みのがけや通用門跡の階段は今でも残り、当時の名残を留めている。
 松島が戦災で焼失したのに対し、北東部分を除いて焼け残った飛田は、戦後も活況を呈したが、58年(昭和33)の売春防止法施行に伴い、廃業したり料理店に転じたりするところが続出した。現在は100店余りが料亭街として営業を続けており、その家並みの多くは昔のたたずまいを残し、店先の屋号の書かれた電灯がともるころになると、背後に林立するビル群がうそのような、怪しい世界にタイムスリップする。
 「鯛よし百番」は、大正時代の遊郭建築。売春防止法の施行で料亭に変わった。その後、近くの酒店経営者が買い取り、今の大衆料理店としては万博の年(1970年)に開業した。現在は妻の木下昌子さん(63)が引き継いでいる。
 かつて大門近くに「一番」と呼ばれた店があり、入り口に近いほど「安かった」という。百番は飛田でも奥まったところにある。
「百番の名前は、遊郭当時から。名前の由来は知りませんが、一見さんは入れない、相当の格式を持っていたとは聞いています」と木下さん。
 飛田新地を歩くと、間口2間ほどで軒を連ねている店が多いのに比べ、百番の破格の大きさに目を見張る。北西に面した角地に堂々と立つ。重厚な2階建ての瓦屋根の下には、約1メートルおきに赤いぼんぼりが4、50、通りに面して下がり、朱塗りの2階欄干が目を引く。



赤いもうせんの太鼓橋
◆別世界へいざなう赤い太鼓橋
 戦後間もなく、2年をかけて大改造したという唐破風(からはふ)をくぐって中へ入ると、玄関左が天満宮の社殿を模した回廊式「顔見せの間」。正面にはすでに、日本庭園と赤いもうせんの太鼓橋が見えていて、別世界への旅立ちを予見させる。
 はやる心を抑えて脱いだ靴をそろえ、いったん左手の応接間へ。そこは絢爛豪華な日光東照宮、陽明門となっていて、木彫りの獅子や鳳凰、左甚五郎の猫の彫刻たちが迎えてくれる。
 さらに左奥の2階への階段は、京の三条大橋だが、とりあえず、太鼓橋を渡って、「お好み」宴会場となる「牡丹の間」「鳳凰の間」を見ておく。牡丹と鳳凰を彫り抜いた極彩色の欄間が見物。桃山風の襖絵や女人の描かれた引き戸もあって、「俗悪で、すごく小粋にも見える。豪華絢爛たる安普請」とも言われるらしい。
 2階はいくつかの小部屋になっていて、それぞれが「江戸へ六十八里」と彫られた石碑の立つ「東海道五十三次島田の宿」や土蔵風の「お染めの間」、「紫式部の間」などとなっている。


襖絵、格子状の格天井、欄間…。
すべてに贅が尽くされている


鳳凰の欄間

牡丹の欄間

約50センチ四方の格天井


引き戸に描かれた
なまめかしい女性の立ち姿
 飛田への人の流れは、かつては新世界から続く繁華街が中心だったようだ。通天閣から地下鉄御堂筋線動物園前駅上を抜け、南へ延びる動物園前1番街・2番街は、当時「心斎橋、九条につぐ賑はひ」(『近代大阪』1923年)を見せていた。今は人通りもまばらだが、質屋さんと古着・洋品屋、一杯飲み屋が多く、昔のまんまの洋食屋や理髪店の建物が残り、かつての面影を残す。
 今回はもう一つのメーンストリート、天王寺ターミナルからのルートで紹介しよう。地区の今昔を見せつける、という意味では、こちらの方が容赦ない。
 JR、大阪市営地下鉄の天王寺駅の南、近鉄百貨店の西向かい、チンチン電車通りを隔てた向かいに、三和と大和の両銀行の間から西方に続く、小さな商店街がある。通天閣のある新世界をご存じなら、ジャンジャン横町を両側にちょっとずつ広げたくらいの通りを思い浮かべればよいが、同じように立ち飲み屋や小さな雑貨店、喫茶店というよりコーヒー屋さんが並ぶ、こちらは「あべの銀座通り」とハイカラに命名された通りが、ここが「不夜城」飛田へ“入り口”だ。



飛田の料亭街。正面の壁と階段のところで、かつての遊郭は外界と隔てられていた


◆ビルに遮られた不夜城への道
 通りは緩やかに傾斜しながら2、300メートル進み、三味線屋さんと芝居の小道具屋さんを過ぎるといきなり、近代的なビル群に遮られる。市大病院(大阪市立大学医学部)の真新しい建物と、阿倍野地区の再開発で建てられた何棟もの高層マンションだ。
 10年前までは飛田へ直結していたこの通りは、今はこのマンションの一階を「あべのポンテ」「あべのマルシェ」などという名でくぐり抜け、辛うじて商店街「旭町通り」の形跡を残す。
 旭町通りで40年来商売を営むお好み焼き屋のおじさんによると、飛田全盛のころは、この狭い通りに人通りの絶えることがなく、通りを横断することが出来なかったくらい、という。「洋服屋とスタンドが多かった。当時果物屋をしてたけど、夜も昼もなく、店を閉められへんくらいやった」。なるほど、いい服をしつらえて、果物を手土産にさっそうと飛田へ向かった男たちの姿が思い浮かぶ。「土産持っていってもいっしょやのになあ」とはおじさんの冷静な一言。
 今は高層マンションの管理人をしているおじさんの話では、通りの両側に客引きの女性がいて、「昭和25、6年ごろかな。端っこを歩けなかった」と言う。飛田へ向かう男たちの壮絶な獲得合戦が、何百メートルも手前から繰り広げられていたのだ。

◆「おにいさん」の声、いまも
 今も飛田を歩くと、店々から「おにいさん、おにいさん」と声がかかる。玄関の奥まったところに年配の女性と着飾った若い女性が座り、土間の横に張った鏡に映る客を、1、2軒先から待ち構えているのだ。「飛田の歴史や町並み調べてるんですけど、写真撮らしてもらえませんか」などと言おうものなら、不機嫌な顔で追い払われてしまうのが落ちだ。


現在の飛田全景。手前の瓦屋根が軒を連ねる料理屋の並び

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 「飛田の夜は案外暗い」と、戦前の大阪毎日新聞記者、北尾鐐之助は述懐している(『近代大阪』)。「夜の飛田は、電燈の装飾が散発的で、甚だ朗らかでない、いつか夜に入るべき黄昏の薄明をみたとき、飛田もおもしろいなとおもつたことがあるが、ある冬の夜に一度訪ねたときには、その陰鬱さ、寂しさに驚いて、すぐに踵を返してしまつたほどであつた」とは、街が持つ物悲しさを言ったのだろうか。
 そういえば、百番の木下さんにも「当時は随分、賑やかだったんでしょうねえ」と水を向けたが、「そんなギンギン賑やかなところやなかったんと違いますか」という意外な答えが返ってきた。
 廃娼運動や近代都市計画は成果を上げるが、遊郭やスラムを周辺部に追いやって栄えた都市は、都市だけでは成り立たない虚勢の側面を常に持つ。現代もまたしかり、である。


「100号記念パーティーご案内」
 7月18日(土)午後6時30分〜

■集合 午後6時
 JR天王寺駅中央コンコース 鉄道案内所前付近
■会場 「鯛よし百番」大阪市西成区 山王3丁目5番25号
 電話 06-641-1886
■会費 6,000円前後(予定)
■申し込み 7月12日までに、大西純へ
 ご一報ください。〒666-0117 川西市 東畦野4-18-29
 電話0727-95-0371(FAXも)
 電子メール  cy4m-oons@asahi-net.or.jp
  *なお、100号に寄せてのお便りやコメントをお待ちしています。
   上記、大西まで、お寄せください。


門田 耕作

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