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目 次 | 下へ↓ ]      月刊・お好み書き 1996年5月1日号


セックスしてみたい      
  マスターベーションができない


どう考える−障害者の性

 「障害者の性の問題を取り上げてほしい」。本紙4月号の『お好み
カウンター席』のコーナーに、ある、体に障害を持った男性から手紙
が届きました。とにかく会ってみよう。その男性の住む※※県の施設
に行ってきました。                (大西 純)



 4月号と重複しますが(インターネット版未掲載)、まず手紙を紹介しておきます。
 障害者の性の問題を取り上げてもらえないでしょうか。最近、小山内美智子さんの著書『車椅子で夜明けのコーヒー』−障害者の性−(ネスコ文藝春秋発行1500円)を読んで、私だけが悩んでいるわけではないことを知りました。また男性だけと思っていたことが、女性の場合にもあることを知り、驚きながらも嬉しくなってしまいました。
 重度の障害があっても、食欲と同じように性欲があっても不思議なことではない、と思うのです。「セックスがしてみたい」「マスターベーションができない」「一生独りでいる恐怖」「親(または施設)に管理されていて、出逢いのチャンスが少ない」
 思いつくままに書いてみましたが、書けばきりがありません。
 欧米では障害の有無など関係ないように著者は書かれていました。世間ではブルセラ、ヌード写真集、インターネットでの規制問題など、いろいろ取りざたされていますが、障害者は、いつまでたっても、保護の対象というか、子供扱いのままなのです。
 性の問題を今の日本で語るには10年早いように思いますが、「黙っていては、何も解決しない」と思い、お手紙を書いた次第です。私自身、取材を受けてもかまいません。私が願うのは、普通の人間、普通の男性として人生を歩みたいだけなのです。

37歳、施設に30年間

 手紙の主Aさんは、※※県のかなり山奥にある障害者施設に住んでいる。37歳。生まれながらの脳性小児マヒ。左手と両足は全くといっていいほど不自由で、車椅子生活を送っている。外出する時などは、ほんの少しだけ機能する右手の指で伸び縮みする棒を口にくわえ、その棒でエレベーターのボタンを押したり、「それを取って下さい」などと指さしたりする。
 「37年のうち30年が施設暮らしです」
 「そしたら、7歳の時から入ってるんですね」
 「ええ。ここに来たのは4年前ですけどね」
 電動車椅子に乗ったAさんとそんな話をしながら施設内を案内してもらった。明るくてきれいな所だ。各部屋の入り口に、きちんと木製の表札があるのに感心した。一人ひとりの人格を大事にしている所なんだと思った。ビールやたばこの自動販売機もある。「自分でお金を払えば、ここは何でも自由なんです。別の施設にいる友達から、うらやましがられてますよ」とAさんは言う。

もちろん“立つ”

 Aさんが操るパソコンを見せてもらった。手足が動かないAさんは頭でキーボードを叩く。表現として最悪だが、オウム信者の帽子のオデコの部分に棒が付いたような物をかぶり、頭を上下させてキーボードを叩いていく。これで各地の友達とパソコン通信をやったり、自分の新聞を作ったりしている。新聞は4年間27号続いている。
 もう、だいたいわかってもらえたと思うが、Aさんは、言わば超元気な障害者である。とにかく施設の外に友達を増やそうといろいろ行動している。主張すべきことは主張する。一人の人間として普通に生きようとしている。そして、なかなか人には言えないが、しかし最たる願いが「普通にマスターベーションをしたい、セックスをやりたい」ということなのだ。

◆   ◆   ◆

 露骨な表現になることをお許し願いたい。Aさんに単刀直入に聞いてみた。
 「立つんですね?」
 Aさん「もちろんです。いい女がいたらヤリたくなります。寝て介護してもらう時にね、ミニスカートをはいたボランティアの子が来ると目のやり場に困るんですね。ちょうど目の位置に足があるわけですよ。(チンチンが)大きくなってしまうと、そりゃ恥ずかしいですよ。今の4月頃も困ります。新人の寮母さん(女性職員のこと)にトイレの介護をやってもらうとね、慣れていないからゴソゴソ時間がかかるんですよ。そしたらムクムクときてしまう。立ってしまったら用も足しにくいですしね。ほんと困ります」

初恋は中学2年

 笑い事ではないが思わず笑った。で、そんな時の女の子の反応は?
 「昔はキャ〜ッ! って言われたけど、このごろは親身になって考えてくれる子が多いです」
 ではAさんは、どのように(性欲を)処理しているのだろうか。
 「ウ〜ン…。じゃあ、いつのことから話しましょうか」
 Aさんは、僕の問いに、ひとまずは直接答えず、自らの過去の体験について語り始めた。
 ※※県内の養護学校で小中高校に通ったAさんは、その間を児童福祉施設で過ごした。
 Aさんは、ここで初恋を経験する。Aさんが中2、相手の彼女は中3の時だった。Aさんは病気で1年遅れていたので同い年だった。当時の状況は、Aさんが発行している新聞の第1号に載っている。

 タイプで毎日のように詩を書き、ペンフレン      
ドに便りを書くことで、一日一日が、あっとい
うまに過ぎていた。
 ファーストラヴもこのころ。小1の時からの
同級生で、僕よりもハンディは軽かった。中2
の夏休み。彼女が足の手術で隣の部屋に入った
とき、毎日のように車椅子を押してもらって、
隣の部屋へ。まだ電動車椅子もなく、介助がな
ければ、どこへもいけなかった。たとえそれが、
施設の中でも……

帽子のオデコの部分からのびた
スティックでキーボードを叩く

 結局、みんなに問い詰められ、Aさんは告白するだけで終わってしまった。まぁ誰にでもあるパターンである。


“あと一歩まで…” パンツが下ろせない

 それから1年後の中3の時彼女ができた。2つ年下、足は不自由だが、両手は自由に動く子だった。セックスの一歩手前まで経験した。キスをした。あちこち触りあった。かろうじて動く右手の指の上に彼女が座る形で愛撫した。普通なら、このまま“初体験”に至るところだ。しかし、Aさんの場合は無理だった。介助なしに何もできない、車椅子なしでは、ほとんど寝たきりの状態である。服も脱げない。もちろん自力でパンツも下ろせない。たとえ、裸になったとしても、セックスという行為をするためには多大な助けが必要なことは明らかだ。
 そうしているうちに、ついに職員に、見つかってしまったのだった。Aさんは、何も悪いことをやっているわけではないと思ったが、職員の有無を言わせぬ態度に圧倒された。
 「何をしとるんや。もっとほかに、することがあるじゃろうが」というようなことを言われたという。もっとも当時Aさんは中学生。障害者じゃなくても(変な言い方だが…)見つかったら怒られるのが普通だろう。Aさん自身も「女の子とそんなことするのは、ちょっと早過ぎるよ。もう少しバレないようにやりなさいと言われたのかな」と振り返る。
 次の恋は高校生の時。Aさんは施設にバイトにきていた短大生を好きになった。わざわざ断るのも変だが健常者だった。彼女は、胸をさわらせてくれたりした。Aさんが頼むと手で“処理”してくれたこともあった。「やっぱり障害者ということで尻込みしたのかな」。彼女が少しでもAさんに恋心をもって、いろんな行為をしていたのか、あくまで障害者のAさんに“やってあげていた”のか、Aさんの言葉からではわからなかった。結局、Aさんは片思いに終わった。

 Aさんに再び彼女ができたのは10年ほど前、27歳の頃だった。当時Aさんは※※の国立療養所の重症心身障害者病棟にいた。そこは、2歳〜70歳まで最重度の障害者が集められた部屋だった。床の上に畳を敷いた大広間のような所で、真ん中に男女の仕切りになるアコーディオンカーテンが設けてあった。
 Aさんが付き合うことになった「3つか4つ年下」の女の子は訓練のためショートステイで訪れた人だった。Aさんは床づたいに彼女のところまで寄って行き、SFマガジンを読みあったり、オセロゲームをやったりして仲良くなっていったという。オセロは当然介助付き、「2三黒」などという形で口で言って置いていってもらう。そうして「趣味が同じだった」という彼女との付き合いは深まっていった。しかし、彼女は障害が重かったので、中学生の時の子のようにはいかずキスをした程度だった。
 そしてやはりこの時も彼女との行為を職員にとがめられた。「ここは病院なんだから」というふうに注意された。露骨にやるな、他人にわからないようにやってくれ、ということだったようだ。確かに職員の言う通りだと思うが、床づたいに彼女の所まで行って添い寝するしか方法がないAさんにとって、こっそりと愛し合うことができるのだろうか。
 Aさんの恋愛体験を聞いていて“普通だな”と思った。僕は、正直言って「障害者の性問題」と聞いて救いようのない暗い問題だと考えていた。だが、そうでもなかった。Aさんには中学の頃、日曜になると、おしめを替える部屋であえぎ声がしたという話も聞いた。当たり前なのだが、やる人はやるもんなんだ、と思った。しかし、それなのに、Aさんのようにセックスができそうな状況があったのに、様々な壁があってできないできた人もいる。障害者の性の問題は、救いようのない問題ではないけれど、やはり非常に切迫した問題ではあった。

オナニーどうやって?

 で、Aさんの“性欲処理”の話−。思い切って聞いてみた。
 「オナニーとか、どうやってやってるんですか?」
 Aさん「右手の指は動くから、自分でやったこともあります。だけど、とてもしんどい。不可能に近いです。ほかの人に、やってもらうしかないです」
 中学や高校の頃は男子生徒同士で、やりあったという。手が動く者にやってもらったり、みんな手が動かなかったら、口でくわえ合って行ったという。
 Aさん「そうするしかないんだから、汚いなんていう意識はなかったですね」
 「今はどうやってるんですか」と僕。
 「あまりいいとは思ってないんですけど…、知的障害のある人にお金を払ってやってもらってます。1回100円です…。まぁこれくらいのこと、やっても許されるかなと思って…」
 書こうかどうか迷ったが、これが現実というか、Aさんの本音の叫びだと感じたので書かせていただいた。ちなみに知的障害のある彼はマスターベーションのことは理解していて自分でもやっているそうだ。「僕も、わかっていない人には、させることはできませんよ」とAさんは言った。


外出の時“手代わり”となる棒。
口でくわえて使う

“処理”は介護か?

 「職員の人にやってもらうとかいう方法は?」と僕。
 Aさん「職員にはバレたくないです。以前マスターベーションは介護の対象ではないと言われたんです。痛い時は苦痛を和らげてくれる。お金さえ払えば行きたい場所までタクシーを呼んでくれる…これらのことが介護で、なぜ性欲の処理が介護の対象じゃないのかと思います」
 実習に来た学生やボランティアら、若い人は性の問題を一緒に真剣に考えるという。このごろの子は障害者の性の話でもタブーじゃなくなったようだ。そういう女の子たちにAさんは何度か恋をした。残念ながらフラレてばかりだけれど。

ボランティアじゃない  
  人間として処理した

 何回か“処理”してもらったこともある。“処理”をしてもらった子から「罪悪感を感じてしまいました」という手紙が来たこともある。彼氏がいる子で、彼に対して罪悪感を感じたという内容だった。ボランティアなどという立場抜きに、人間としてやってあげる、という子もいたという。Aさんはこの4年のうちで3人に告白した。告白すると、彼女たちとの関係はすぐに壊れていった。そんなつもりじゃなかった…というように。
 僕は、男の職員が男の障害者の、女の職員が女の障害者の、マスターベーションを助けるのは立派な介護だと思う。ただでさえ忙しい施設職員だ。職員の立場にない僕だから、このような考えでいられるのだろうか。

セックスケアどこまで

 Aさんの最初の手紙に書いてあった小山内美智子さんの本を読むと“セックスケア”という言葉が出てくる。やはり福祉先進国のスウェーデンがこの分野でも進んでいて、ケアアシスタントが、マスターベーションの補助器具を性器(男女どちらでも)に装着したり、障害者同士のカップルがセックスができるように、服を脱がせたりするケアのことをいう。脳性マヒの障害を持つ小山内さん自身《セックスケアはどこまで踏みこんでいいのか。服を脱がせ、下着をはずし、コンドームまでつけてあげるのか。そして、どちらかの体を上に乗せてあげるのか。むつかしい》としているが、ヨーロッパやアメリカ、カナダなどでは、障害者だって自由にセックスはできる、そのためにハンディがあるならヘルプしようという考えは普通になってきているようだ。スウェーデンでは障害者用のセックスケアの実践ビデオまで作られているという。
 さて、再び日本ではどうか? Aさんは「障害者はセックスが、いけないことだと思い込まされている」と言う。「障害者は中性というか、男でも女でもないようにみられるんですよ」とも言う。そして、さらに続けた。
 「例えば24時間介護が必要な障害者の男性がアパートで独り暮らしをしていたとしますね。そして、男性としても機能すると。そういう男性の部屋に訪問介護をしている若い女の子は、割と平気で○○さんの世話をしてくると言って、ひとりで行ったりするでしょ。健常者の人の部屋だったら、普通、親は許さないですね。でも障害者の部屋だったら不審に思われない。障害者を、男として見ていない例です。それと障害者用のトイレは男女が分かれていないですよね。男も女もないっていう証拠ですよ」
 男として、人間として認められる前に、障害者としてくくられる。保護の対象としてしかみられない−。
 Aさんは、22歳のしゃべることができない青年に、よく本を読んで聞かせている。彼は一文字ずつ文字を追ってゆけば、時間はかかるけど理解できるのだそうだ。「彼はしゃべれないけど、自分の中に言葉を持ってるんです」ということだ。彼に小山内さんの本を聞かせたところ、自分もできるならセックスがしてみたいという反応がかえってきたらしい。

「男」であり「女」である  
  まず“性欲”を認める

 Aさんは言う。「かなり重度な人でも性欲は、ちゃんとありますよ。それを、おさえつけるんじゃなく、食欲なんかと同じように当たり前の欲求として認めていくことが、本当のノーマライゼーション(障害者などの社会的弱者を隔離せず一緒に暮らすのが当然とする考え方)だと思います」
 普通にセックスがしたい、そして、できたら普通に結婚もしたい。Aさんだけでなく、ハンディキャップを持つ多くの人の夢だろう。現実は厳しいものが山積しているが、障害者がセックスをしたり、結婚したりするチャンスを増やすには、とりあえず何が必要なのか−。

保護の立場抜け出すため

 Aさんは「障害者が街に出て行かないと」と言う。さらにこう続けた。
 「施設が駅や商店街の近くにあって地域のコミュニティーの広場になればと思います。そこまでいかなくても、奈良のあるカラオケボックスは障害者がよく行くものだから、障害者用のトイレを作ったというし、鳥取の境港にある施設は外出が全く自由でみんな街に出ることが多く、キャバレーも障害者に対応するようになったと聞きます」
 どうやら、障害者の性の問題を考えるということは、どのようにすれば障害者が“普通の社会”で暮らすことができるのかという問題と、切っても切れないんだと思った。



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